五木のサクラ、咲く。

しばらく、ラオスと東北タイ(ソンクラム川)に出かけてて、
更新をさぼっていました・・・。

今朝、東北タイのサコンナコン県から10時間かけて
夜行バスで帰ってきました。
VIPバス(お水、ジュース、サンドイッチ、おしぼり、サービスエリア
での軽食(30バーツ分)付)で、720バーツ(約2000円)でした。

さて、今年度も残りわずか。

年度末報告、人事異動、卒業式と慌ただしい時期ですが、
五木村では早くも春の訪れを告げる、
サクラの花が咲き始めました。

b0125397_16122419.jpg


頭地代替地の真ん中あたり、
山付きの一番高い道路沿いにある五木阿蘇神社と新泉寺の間の
田口砂防河川の土手にあります。

b0125397_16135744.jpg


桜の北側が五木阿蘇神社、
南側が新泉寺。


阿蘇神社は、言わずもがな阿蘇山の麓の
阿蘇神社を本社とする神社で、
人吉の青井阿蘇神社を始め、
人吉・球磨郡一帯にも多く祀られています。

五木村の
西俣阿蘇神社(旧頭地の久領地区)、
東俣阿蘇神社(旧頭地の下手地区)、宮園阿蘇神社(宮園)、
祇園神社(瀬目)は、元禄12(1699)年の『麻郡神社私考』にも
掲載されていて、「五木四社」と総称されたそう。

五木阿蘇神社の言われを紐解くと・・・

b0125397_16223491.jpg


--------------------
五木阿蘇神社の沿革(境内の石碑より)

祭神 
健磐龍命(たけいわたつのみこと)、阿蘇都姫命(あそつひめのみこと)、国造速瓶王命(くにのみやつこはやみがたまのみこと)

沿革
旧東俣、西俣阿蘇大明神は、平安時代前期の大同年間(806~809)に創立と伝えられる。両大名神社は、永徳2年(1382)の修造以降各時代に造営及び修復を行う。
従来、歴代相良藩主の崇敬篤く、秋の例祭には名代の参拝があった。
安永6年(1777)11月 相良藩主31代長寛公御参拝。
明治元年 阿蘇大明神を阿蘇神社と改称する。
明治5年 西俣阿蘇神社が村社となる。
昭和28年 宗教法人五木阿蘇神社となる。
平成16年 川辺川ダム建設計画により、水没予定地の三者(東俣 西俣阿蘇神社、清楽の白木神社)を合祀し、現在地に遷座する。

例祭(予定)
秋の大祭10月15日、新嘗祭11月23日、除夜祭、元旦祭、建国記念祭2月11日

飛地境内神社(村内に17社あり)
阿蘇神社(8社)、白木神社(2社)、八幡宮(2社)、霧島神社(1社)、八坂神社(1社)、甲佐神社(1社)、紀国神社(1社)、日吉神社(1社)
--------------------------

・・・とのこと。
小鶴の白滝公園内の阿蘇神社や、瀬目の八坂神社、
宮園の大銀杏そばの阿蘇神社は、
「飛地境内」という扱いになるのですね。

移転前の西俣阿蘇神社の方が総社とされ、
御夜の神楽を見に行って、お餅をもらいました。
社務所や弓道場もあったのを覚えています。
西俣阿蘇神社の境内には大木が何本も立っていて、
神社移転に伴って切り倒されたのですが、
その際、あまりの重さにクレーン車がひっくり返ったという逸話(?)があります。

東俣の阿蘇神社の、木製の狛犬と随神像は、
そのまま今の五木阿蘇神社に移転されています。

b0125397_16325832.jpg


長い冬もそろそろ終わり。
春ももうすぐですね。
[PR]
トラックバックURL : https://fromitsuki.exblog.jp/tb/15115160
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by from_itsuki | 2011-03-27 16:38 | 五木の四季と自然 | Trackback | Comments(0)

熊本県五木村に関する情報を発信中。


by yutera