(記事)昭和38年水害体験作文集を寄贈、栗山恵子さん句碑建立

■「旧五木二中1年生作文集“やましを”」
当時の国語教諭が保存、寄贈 昭和38年に五木村宮園襲った川辺川大水害
http://www.hitoyoshi-press.com/local/index.php?intkey=6367

 五木村宮園にあった旧五木第二中学校(平成6年廃校)の1年生約
40人が昭和38年に同地区を襲った川辺川大水害の生々しい体験を
つづった作文集「やましを」が先月28日、保存していた当時の担任
だった元・国語教諭(75)から同村に寄贈され、村教育委員会は
「当時を詳しく知る貴重な資料」と話している。
 教え子の還暦などを機に寄贈したという。先月の同校1年生の還暦
同窓会で47年ぶりに披露され、出席者に複製した小冊子を配布した。
 同教諭が当時、初任地2年目の8月17日に水害が発生。小冊子の
前書きに「おろおろしながら2学期を迎え、9月5日に作文を書かせ
た。いつも作文を嫌う生徒たちが2、3枚と原稿用紙をもらいに来た。
添削し、返却しようと考えたが、あまりの生々しい記録を読んで、五
木の歴史書に匹敵するもので、大切に保管してきた」と添えている。
 「山からドドドという音が響く、私は恐ろしくて妹弟2人と耳をふ
さいだ」―。作文集(縦22・5㌢、横16㌢、厚さ2・5㌢)は、
山津波と同じ意味という山潮(山汐)と題し、当時13歳の視点で実
際に見て、感じたことが克明に400字詰め原稿用紙に書かれている。
 同窓会発起人代表の山本豊さん(60)は「読み返すと、当時の生
々しい記憶がよみがえる。校内で人文字のSOSを作り、助けを呼ん
だ」、同村の佐伯博正教育長は「当時のことがよく分かる。村の校長
会で報告したい」と話している。


■五木村再建応援の句碑、道の駅に建立
http://kyushu.yomiuri.co.jp/entame/roadst/kumamoto/20101117-OYS8T00693.htm
 五木村の頭地代替地にある道の駅「子守唄(こもりうた)の里五木」
に、人吉市出身の俳人・栗山恵子さん(74)(神戸市在住)が人吉
球磨地方に残るカッパ伝説を題材に詠んだ俳句の句碑が誕生した。日
本一の清流・川辺川が流れ、国のダム計画に翻弄(ほんろう)された村
の再建を文化面から応援しようと、栗山さんの高校時代の同級生や地
元の文化団体が計画、寄付を出し合って建立した。
 栗山さんは人吉高校7期生(1955年3月卒業)で、関西を拠点
に俳句雑誌「雨月」の特別同人として活動している。句碑になった作
品は「春来ると山わろ川に戻るとな」。歳時記の中で「山童(やまわ
ろ)(カッパの意味)」という言葉に出合ったのがきっかけとなり、
2月に詠んだ。
 人吉高校時代の恩師で郷土史家の渋谷敦さん(錦町)が地元の週刊
紙で作品を知り、句碑の建立を提案。人吉球磨地方の文化団体「おお
くま座の会」の前田一洋さん(74)(人吉市)が中心となり、7期
生や会のメンバー、関西在住の同窓生らに募金を呼びかけた。村や県
にも資金面や用地選定の協力を求め、建設費約60万円を集めた。
 句碑(高さ1・7メートル、幅1・4メートル)は地元産の石を使
用し、栗山さんの長女、詫間智子さん(51)が文字を書いた。道の
駅の駐車場脇に建ち、背景には「日本の原風景」を思わせる高い山々
が広がる。
 除幕式には栗山さんや関係者ら約40人が出席。栗山さんは「句を
作る時はいつもふるさとの風景が心の中に広がる。清流が残っている
からこの句が詠めた。これからも清流を守り続けてほしい」と話した。
 前田さんは「今後も句碑や歌碑が増えていけば多くの人が村を訪れ
るようになり、活性化につながる」と期待している。

【写真】道の駅に建てられた句碑と栗山さん(右)

(2010年11月17日 読売新聞)


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(2010年10月 尾方茂さん宅での味噌作り準備)
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by from_itsuki | 2010-11-18 09:58 | 新聞・メディア報道 | Trackback | Comments(0)

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