桜の散る音


冬が終わって、山桜の季節がもう過ぎようとしている。
この季節、五木を車で走っていると、ここそこに山桜が隠れていたことに気づく。

雨の日もいい。
濡れた幹にやわらかな新緑の彩りが映える。
川辺川の水面から霧が立ち、山すそを駆け上る。

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掛橋あたり、川の右岸側だったか。
2005年4月10日は、こんな風景だった。

同じ日、溝の口の薬師堂の中から、堂の前の苔庭に
桜がはらはら散るのを見ていた。

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桜の散る音さえ聞こえそうな、静かなひととき。
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# by from_itsuki | 2008-04-11 01:44 | 五木の生活文化 | Trackback | Comments(1)

サトイモごろごろ


あたたかくなってくると、にわかに畑仕事が忙しくなる。
春が来る前に収穫したサトイモは、縁側の先でひとまず干す。

土がまだ付いたままのサトイモを一つ一つ、
手でぐるぐると土をはらって、それから納屋にしまう。

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なんもなかばってんが、と
大小交えてお土産に持たせてくれた。

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キンカンと合わせて随分重くなったので、
思い切って宅急便で送ることにした。

海辺の平地にあるわたしの家で採れるサトイモは
五木のものほど大きくはならない。

やっぱり山の土が肥えてるのかな?
チユキさんが野菜を育てるのに抜群の経験を持っているためかもしれない。
それとも、堆肥のおかげかも?

2、3年前、道路を通っていた知らない人に、牛の肥やしを随分もらったらしい。
まったく匂いもなく、かなり良質の肥やしだった。
おかげで、土はかなり肥えて、麦も育ちが良くなった。

翌日、自宅に到着したサトイモをさっそく炊いていただいた。
残りのいくつかは、わが家で来年用の種芋にすることにした。
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# by from_itsuki | 2008-04-06 03:02 | 茂さんちのまわり | Trackback | Comments(0)

(日記)私は建設省との話合い・・・


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私は建設省との話合い(交渉)の中でも先代からの位牌を前に話合いをすることにしている。

自分が築いた遺産であればいざしらず、私の家の遺産は先代が残してくれたものばかりである。私一代の中にも、山の仕事にしても、又畑の仕事にしても今思い出しても、色々な思い出が尽きない。先代が苦労して残した遺産にわ先代の思いでが、いっぱい詰まっていることだらう。小さな遺産で有るがゆえに、大切にしたいと思っている。

私の妹が七つ、か八つの頃だったろうか。

祖母が田の見回りに行くと言うので付いて行った時のことだ。
所が田の石垣が崩れて田の中の土が流れ出していたそうだ。
祖母はそれを見て、土が惜しいといつて、田ンボの中に横になり、畦のかわりになつて、周りの土をかき集めながら、妹に家に帰つて母に言うて板を持つて来る様にいつたそうである。

妹は家に帰り母に話し田んぼに板を引きずって行った時にもまだ田に横になつていてあぜを作る土を寄せていたと言う。

今私が話したことについてどう思われるだらうか。
これを滑稽だと言う人がいたらいいたい。
たとえば野球をしている人が玉を打ちベースを踏む時に滑つて泥まみれになることも滑稽だと、言えるのだらうか。どちらも一生懸命であることにわ、かわりわないと思う。
先代の人達の生活の為の土に対する思いと言うものは想像いじょうなものが有ったこととおもう。

私たちも又食料難のころわ畑を作るために開墾をしてよく石ころを拾わされたものである。
昭和十八年頃から田んぼを作る話がもちあがり水道を作り米のご飯が食えるようになつたのはそれから七、八年も後のことであらう。
それまでは麦と粟の生活であつたことを、忘れはしない。

その間、田んぼを作る為に朝は夜の明けるのを待つて川かわ石垣石をからい上げて朝飯をすまして、山に、こば作の仕事、山の仕事がすめば馬の草を切つて帰らねばならず、又帰つて早い時には川に石を上げに行く。暇をみてわ田んぼになる所の土越し、竹網を作つてである。先代人たちは皆がそのような生活だつた。

今は、このことを知る人も少なくなつた。もうこんな時代はきてほしくない。その為にわお互いが、将来の展望を見極めてゆく覚悟がなければ、村は良くはならないし発展もしないだらう。

子供は子供たい、子供はよかごとするだろう、では子供の将来はどうなるだらうか。
先祖伝来の農地は売り払い、子供はよかごとするだろう、ではあまりに親として無責任すぎるとおもうし、子供は親は養わんと言うたとしても当然のことだらう。

今わ土というものの有難さが、忘れかけられているように思われる。金さえあれば、なんでも、手に入る時代になったからだらうか。

金さえ有ればという考えで計算機を叩いて農業をわすれた百姓にも責任わある。
だが日雇いの仕事も無くなり 農地も無い、出稼ぎの仕事も無いとすれば、自給自足の道しかない。それにはこばさくしかない。
しかしここに問題はある。それは猪、鹿、猿、などである。人間である私達でも、その者に対処する手段はなかなかむずかしい。


(写真は2004年11月)
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# by from_itsuki | 2008-03-23 16:41 | 茂さん語録 | Trackback | Comments(0)

(日記)農業新聞に生命の源は・・・

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農業新聞に生命の源は土だと書かれていた。

農家にとつて『土』は、生産活動の基本。だが現代の私たちの暮らしはどんどん土と疎遠なものになりつつある

一日中土の上を歩かない、地べたの顔を見ない生活が当たり前になつてきた、それゆえ人は土とか泥を不潔で厄介なもの、というくらいにしか考えていない趣きがある。

考えてみると、人間が生きていく上で必要な衣食を生み出してくれるものは土である。

でわ、土とわ何かというとそれは人間(植物)の死骸であるということを

しかし土は人間や動物の死骸ばかりではない。ありとあらゆる植物や鉱物の朽ちたもの、これらが 堆積してできている。そして土の中には植物、鉱物、動物の死骸を土に変えてくれるありとあらゆる微生物が生息している。その微生物の死骸がまた土に還る。

人間わ、ありとあらゆる生物の何億年のいとなみの中で生かされているのである。

そのことを私たち現代人は忘れかけている。それどころか、どこもかしこもコンクリートで塗り固め、土や砂を封じ込めることに躍起になり、それが文明の進歩だと思い込んでいるフシがある。

いつかわ私たちも死ぬ、ひと握りの土となるのであるが

先祖代々受け継がれてきた農地もダム建設とゆう言葉の中に、取り上げられようとしている
我々の農地にわ先祖のアセと魂が宿ているのだ

土を愛せない人には怨念があり呪いがくる とおもわねばなるまい


(写真は2004年撮影)

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(ブログ管理者注) 
茂さんが今から20年前から書いていた日記より、本人の許可を得て抜粋したものです。
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# by from_itsuki | 2008-03-23 16:03 | 茂さん語録 | Trackback | Comments(2)

彼岸のなかび。


知人と立ち寄った際のこと。

台所をのぞくと、チユキさんが大きな白いおにぎりをいくつも作っていた。

今日はなんごとですか?と尋ねると、
せっせと手元を動かしながら「彼岸の中日(なかび)じゃっでなぁ」とのこと。

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おにぎりかと思ったのは、もち米でできたおはぎの「アン」だった。

それにしてもたくさん。
手のひらにこし餡を薄く広げて、もち米を置き、さらに薄く丁寧に広げていく。

「うちにばっかい、彼岸の来っとじゃなかで」

どこどこに6つ、どこどこにまた6つ、うちんとはこの4つ・・・と、それぞれに行き先が決まっているおはぎたち。
代替地に上がったけれど、地元の親類へ今年もまたいつものように届けられる。

コンニャクや豆腐、アクマキも同じ。
ラッキョウや金柑などでも同じ。
お礼にと、鮎やシシ肉、いただきものの昆布などをまたいただく。

何かをあげる。何かをもらう。
何かをする。何かをしてもらう。


皆が畑に出ていた頃は、タンナカやサイエン、コバ地での農作業でも同じだったそうで、「テマガリ」(手間借り)と「テマガエシ」(手間返し)は、一年中互いに繰り返されていた。

どちらから始まったか分からない、永遠に続くキャッチボールのようなものだったかもしれない。
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# by from_itsuki | 2008-03-23 15:33 | 五木の四季と自然 | Trackback | Comments(0)